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日野宿本陣

【ずばり!日野宿本陣】

選之介
「そろそろ『本陣』出てくる?」
おじーちゃん
「あぁ、もう出てくるぞ。あと、また佐藤さんちの話もじゃ」
選之介
「佐藤さんち?」
おじーちゃん
「こほん、いや、佐藤さんちというか、佐藤家の話だな」
選之介
「あ、彦五郎さんちの佐藤家だね!」
おじーちゃん
「そう、上(かみ)佐藤家と下(しも)佐藤家の話。上と下がついてるからって別にどっちがえらいとかはないんじゃぞ。当時天皇が住んでた京都に向う時に「京に上がる」と言っていたから、京都により近い佐藤さんに『上』とついているんだ」
選之介
「電車でも上り車線、下り車線って言うもんね」
おじーちゃん
「宿場には問屋場(といやば)という場所があったんじゃ。問屋場は宿場の中央にあってな、宿場を運営するために、宿役人という係りの人がいたんだな。宿役人のうち、宿場の代表者で最高責任者(さいこうせきにんしゃ)を問屋と言うんじゃが・・・」
選之介
「わかった!その最高責任者が2つの佐藤さんちなんだね!」
おじーちゃん
「その通り!日野宿の問屋は宿場が置かれてから明治になるまで、問屋場正面に家を構(かま)えていた上佐藤家、下佐藤家とよばれとなり合う2軒の佐藤家がつとめていたんじゃな。で、どっちの佐藤さんちも日野本郷の名主もかねていたんだよ」
選之介
「いいな、佐藤さん…有名すぎるよ。ぼくも生まれるなら佐藤さんちに生まれたかった…」
おじーちゃん
「・・・わしも当時生まれるなら佐藤さんちに・・・。いやいや、そんなことより、いよいよ本陣じゃ!」
選之介
「本陣!やっときた!」
おじーちゃん
「徳川幕府は地方の大名を、定期的に江戸に住まわせてたじゃろ?」
選之介
「参勤交代だね!?聞いたことあるよ。大名はこの為にお金がかかってしょうがなかったっていう」
おじーちゃん
「そう、その行き来のため、甲州街道も大名行列で使われたんじゃ。その時、上佐藤家には大名が宿泊する本陣が置かれ、下佐藤家には脇(わき)本陣・・・後に本陣になるんじゃが、それが置かれ、どっちの佐藤家も日野宿の大役をになっていたんじゃな」
選之介
「まさに昔は、日野って言えば佐藤!みたいな感じだったんだね~」
おじーちゃん
「確かに本陣という意味はそもそも、街道の宿場において、大名や公家、幕府役人など位の高い人が宿泊した公的(こうてき)な宿だから、その本陣が置かれた佐藤家は特別な存在じゃったな」
選之介
「ところで、彦五郎さんはどっちの佐藤家なの?」
おじーちゃん
「彼は下佐藤家じゃな」
選之介
「じゃぁ、今度は佐藤さんについてもうちょっと教えてよ!」
おじーちゃん
「そうじゃな、次は両佐藤家についてにしよう。本陣については分かったかな?」
選之介
「それなりにね」
おじーちゃん
「・・・それなり・・・。ま、いっか」
協力・参考文献:日野市教育委員会・日野市観光協会

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